山形 杵屋本店 企業ページ

杵屋本店200年の歴史②

 

杵屋本店200年の歴史②

西暦1951年(昭和26年) 杵屋山形店誕生

昭和26年、杵屋山形店は旅籠町にオープンました。宮内で一番といっても、山形市では全く知名度のない新参者。そこで8代目は、東京で活躍する菓子職人や、料理学校の講師を呼び寄せ、新しい技術とアイディアを杵屋のお菓子に取り入れようと考えました。「8代目はハイカラでしたね。菓子に対する技術的なことはもちろんでしたが、クラシックレコードを聴いたり、まだみんなが持っていない8ミリや写真機を買い込んでは社員旅行などでよく撮っていてくれました。それに当時まだまだ広まっていなかった厚生年金も社員のためだといって昭和30年代に入ってくれました。8代目は社内ばかりではなく商店街の仲間にも年金を勧めていて、後日遺族からあの時進められて加入していて大変助かったと感謝されていました」〈小松定徳元取締役談〉

 西暦1960年(昭和35年)「杵のもなか」発売

山形市に腰を落ち着け9年目になる頃、皇太子が誕生し日本全体が活気付いてきた昭和35年、現在でも杵屋の菓子の土台の一つである「杵のもなか」が誕生致しました。また昭和39年の東京オリンピック開催効果もあり大いにテレビが各家庭に普及したこの時代、いち早くテレビコマーシャル(当時子供であった10代目社長も登場)を活用し、「杵のもなか」を一気に売り出した。「当時の売り上げの約半分は杵のもなかだったと思いますとにかく生産が追い付かないほど売れました」〈小松定徳元取締役談〉

単に丸や四角という形のもなかが多かった時代、食べやすい杵屋の「杵」の形が目を引いた。中には自慢の自家製餡。小豆、宇治の抹茶味、ゴマ味の三種類という種類の多さも好評だった。さらに戦略として、餡は少しずつ甘さを控える風潮が出てきたため一気に甘さを控え、この時流をとらえた味わいが山形っ子を魅了しました。

このお菓子の登場とともに、「山形に杵屋あり」と認められ、現在の杵屋の礎を築いたのです。

杵のもなかセットP

現在のパッケージの杵のもなか。現在でも職人が手であんこをひとつずつ詰めている。

杵のもなかH

杵の形をした杵のもなか。左から小豆、抹茶、白ごま餡。

西暦1966年(昭和40年)「リップルパイ」開発開始

開発担当であった新目常務と山口製造部長は、次なる菓子作りに挑戦していました。目指していたのはパイ。当時はパイといえばアップルパイを示すほど、他に種類がなかった時代。しかし、杵屋といえばやはり自家製餡。パイの中身は餡に決定したのですが、どうもパイのサクサク感とバターに合う餡が完成しません。どうしても餡がパサついて美味しくなかったのです。

新目さん2

新目晃 元常務

山口さん2

山口孝吉 元製造部長

そんなときに東京の料理学校の先生からヒントをもらい、パイに合う餡づくりが始まりました。口に含んでもしつこくなく、しかもねっとり感が出て、パイと引き立てあう餡。試行錯誤を繰り返しながらどうにか理想の餡にたどり着いたのですが、今度はパイが均一に膨らみません。まだまだオートメーション化が進まない時代、季節によっても温度管理が違います。一歩間違えれば焦げを作ったり、煉りすぎると今度は砕けてしまします。手作業で一つ一つ同じ形に成形し、同じふくらみを持たせるのが一苦労でした。

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オーブンの中で焼き上げられるパイ。

 

もう一つ、味の決め手になったのは胡桃。餡にもう一味加えるものとして胡桃が候補に挙がります。小豆で作る餡という和の食感にさらに香ばしさが加わり、味を完成に近づけていきました。考案から3年の歳月を経て、昭和46年、しっとりとした自家製餡と胡桃のハーモニー、そしてサクサクのパイに包まれた「リップルパイ」が誕生です。これが売れに売れ、当時1日に1万5千個を売り上げるという記録的な売り上げとなって山形っ子の心をつかんだのです。

こうして杵屋の大黒柱ともいえる菓子がデビューを果たしました。

リップルパイ小

1971年より発売のリップルパイ。 現在でも首位を争うほど人気がある。

さくらパイ小

季節限定さくらパイ。現在では他にも通年ずんだパイ、季節限定ブルーベリーパイ、季節限定かぼちゃパイがラインナップされている。

西暦1978年(昭和53年)「カスタードケーキ」誕生

昭和52年、山形県南陽市に中川工場が新設され、更に社員の新しい菓子作りに対する気力が高まっていたころ、商品開発を担当する新目常務と山口製造部長含め数人が、京都、富山、大阪などへ足を運んでいました。

「滋賀県大津駅前の洋菓子屋で、きれいに仕上がったカスタードケーキに出会いました。自分でも作りたいと思ったんですが、機械が3~4千万かかると言われ、自分たちには不可能でした。だったら、自分たちでどうにかできないかと試作に励みました」(新目晃元 元常務)

オーブンの中ではふんわりと膨らんでいたスポンジが、外に出すとどうしてかペシャンとつぶれてしまう。何度やってもうまくいかない。それがある料理家のアドバイスがあり、焼き型の問題に気付きます。当時、方はテフロンが主流。テフロンは型離れがよく使われているが、あまり使われていないシリコン製は型離れが悪い分、スポンジの形が変形しにくい。その点に気付くまで、約一年半の歳月を要しました。

焼き上がったカスタードケーキのスポンジ。

焼き上がったカスタードケーキのスポンジ。

さらにスポンジはできたのですが、なかにクリームが入らないという問題点が浮上します。スポンジは焼き上がり一晩置くとしっとりがさらに増すのですが、あるとき、焼いたばかりのスポンジに社員の女性が難なくクリームを入れて新目常務に手渡しました。つまり、一晩おくことで、スポンジの密集度が高まり、クリームが入らないのは当然のことであり、焼きあがったら一晩おくという先入観が、逆に菓子の完成を阻んでいたのです。

カスタード・イメージ大

新鮮な卵と牛乳をたっぷり使ったカスタードクリーム。

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カスタードを詰める様子。

昭和53年、アイディアの集積となった「カスタードケーキ」がデビューを果たします。その美味しさと人気に目をつけ、全国から同業者たちも次々と山形県の杵屋に足を運びました。それだけ、滑らかなクリームをスポンジ生地の中にそのまま入れたカスタードケーキは、全国的に見ても類を見ない存在だったのです。

「菓子はどうしても進物が多い。おやつのお菓子を作ってくれないかという当時の社長の言葉も大きなキーワードになりました」(新目晃元 元常務)

まさにこの発想通り、カスタードケーキは風雲児となって山形から羽ばたきました。カスタードと生地の絶妙なハーモニー。37年の時を経た今でも、その気軽さとフレッシュさでついつい手に取ってしまう。そんなお菓子です。

滑らかなクリームが詰まったカスタードケーキ。現在でも販売している。

滑らかなクリームが詰まったカスタードケーキ。現在でも販売している。

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